心が落ち着いてきたので・・

 日記も久しぶり。

3月に突然、大きな地震が起きて、世の中が一変してしまいましたね。
今回の地震、私も人事ではありません。

あの大きな地震が起こった当日、岐阜でももちろんゆれました。
今までにあまり感じたことがない、ゆらゆらとしたゆっくりした、船酔いのような横揺れ。
ちょうど私は仕事していて、お店でPCの前に座っていたのだけど、
自分がふらふらしているのかと思った。

ちょうどツイッターを立ち上げていて、関東在住のフォロワーさんが次々と地震のことを伝えていて、
そのツイートから10秒ぐらい後に私も揺れを感じた。

今回の地震、実は彼さまのご実家が福島なんです・・
おうちや、ご両親は無事で、割と早い時期に連絡が取れたみたいだったんですが、
私が去年、初めて福島に遊びに行ったとき、美味しい魚を食べた相馬の海沿いの魚屋さん、
あのあたりも全部津波でやられたとのこと・・・
とてもきれいな1直線の道路の脇にきれいな海岸がずーっと続いている場所も、
津波があっという間にその堤防を越え、たくさんの方の大切な命が流されていったのだそうで・・・

自分が行ったことがある場所、「いいなぁ」と心の底から思ったあの場所たちが、
今はもう跡形もないのだろうと想像するだけでも胸がぎゅうっと苦しくなって、すごく切なくなる。
あの魚屋さんの方たちはみなさん無事なのだろうか?
一度しか行ったことはないしあの時しか会ってない方たちだったけど、人事のようには思えない。

それにもまして原発。
豊かで穏やかな空気が漂っていた、心が落ち着く福島が今後住みづらくなるのだろうと思うと、
何でこんなふうになっちゃうかもしれない原発を人間は作ってしまったの?と思ってしまう。
もちろん原発で作られる電力のエネルギーで私たちは便利に生活させていただいているのだけれど、
何かあったときに手に負えないものを作り出してしまうことに違和感を感じてしまいます。

幸い私がいる岐阜は、震災の後に住みにくくなるということもまったくない。
ガソリンも満タンに入れられるし、どのスタンドもいつもの営業時間で開いている。
スーパーには今までと同じく、食べるものが豊富に積まれていて、
ここ最近でだけだけど、水が売り切れてるな、って思う程度。
それも、大きなペットボトルの水だけなくて、500mlの水は結構どこにもまだ普通に売られてる。

今後どうなるかもわからない日々に心が震えてしまう方が、数百キロ離れたところにたくさんいらっしゃるのだろうと思うと、罪悪感を感じてしまうときもある。
でも、私が不安な気持ちを背負ったってどうにもなるわけじゃないから、
私が今できることは何かを考えるように気持ちを切り替えていくしかないなと。
とりあえず私ができることは、今までと同じく消費活動をしていくこと。
今の生活にありがたみや幸せを改めて感じること。
不謹慎と思われても、やっぱり消費活動って大事。
私だって、自分のお店の売り上げが増えると嬉しいもん。他のお店だって同じだと思う。

ただ、今回、花屋っていう仕事は、震災の時にはどうやっても被災された方のためにはならん媒体だなぁ・・と思った。
本当に明日生きることに困っている人に花をあげてもどうしようもない。
すこし、普通の生活ができるようになって、すこし生きることに勇気が出たときに、ねぎらいで花を贈ることは多少なりとも効果があるかなと思うけれど・・・
直接食べられるものじゃないしね・・・

相次ぐ余震の速報をテレビでみても、岐阜ではまったく揺れないから、実感がない。
震度3ってそこそこ大きいよね。それが何度も何度も。
岐阜だっていつか来るだろうといわれている東海地震に備えることはできるから、
とりあえず私がしたことは、防災リュックの中身の点検と、中に入れてあるものを取り替えたりしたことかな・・

地震や原発に関しては想うことがたくさんありすぎてまとまらなくなるので、このへんにしておこう。
日々思ったことはツイートしています。
今回の地震でツイッター、ユーストリーム、ユーチューブ。
すっごく役立ってる。
iphone持ってて良かったとも思うし、ドコモはドコモで普通の携帯を持っているけど、
これはこれで緊急地震速報がすぐメールで来るのが便利。
母親の携帯も、あまりに古くて緊急地震速報が対応してなかったから、
めちゃめちゃ最新のスマホに機種変してもらったよ。
そしたらそれはそれで最新すぎて、いろんなものに対応してなかったりして、
便利な面もあり不便な面もあり、だったりするのだけど、
地震速報のアプリを入れてあげたので、これが本当に必要になったときに有効に動いてくれるといいなと思う。

私は私ができることを、精一杯頑張り、精一杯楽しむだけだな・・・って思う。



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