自分の気持ち、感情の言語化を推し進めている。
だいぶ若い頃よりはこうやって書きなぐらなくても言語化が心の中でできるようになった。20代からやっているこのブログ、常に自分の感情を整理するためにいろいろなことを書いてきたけれど、年相応に「書く」というエネルギーも失われるのか、それとも心の中で思うだけで書かなくても完結してしまうのか、それとも・・・考えていると眠くなって寝てしまうのか?、の三択。
私も人間だもの、ドロッとした感情はここには書かないけれどもやっぱり生活していると感じるものがあるときはある。最近はもう一人の冷静な自分ちゃんがすぐに心の中で登場して「それってこういうことじゃね?」とか「あーーーきっと体調不良だからそう思うだけだよーいつものことじゃん」とかとか「まあ、そういうこともあるよね」とか「それ相手は気づいてないと思うよ」とか「まあタイミングが合わなかった、それだけ」「それは相手が悪いからしょうがない」「無理案件じゃんそれ、絶対無理」みたいに優等生な回答をくれるので、心の中で「だよねそうだよね」みたいに落ち着かせることができる。常に頭の中でキャッチボールし合ってる。心の中に私は私専用のAIを持ってて、だいぶそれが育ってきたなって自覚があるんだ。
育ててきた、のかも。
でもそれでいいのかなー?と思うこともある。もっと感情的に言ったり怒ったりしてもいいのかもしれないなって。賢くある必要ってない時もあるんだよね人間って。
どうしても精神的に成長もしてくる部分もあるから5年前10年前よりも自分自身も賢くなるじゃないですか。となると、鼻が効きすぎる場面も出てくるわけですよね。これまでの経験が後押しして「これは言わねば」とか「いまは止まるべき」みたいなのが分かって来る。でも、時にはそれを意図して脱する、ぽっと飛び出すのも大事なことだとは思うのですよ。そこが心としての若さだと思うんですよね。その見極めが難しくなるのが中年なんでしょうかねー・・
アジサイのシーズンはあじさいしか撮れてないのが切ないところ。もうすこしいろいろ撮りたいよ。
この日はトンボがとまっていました。かわいいものにとまったね。トンボって恐竜の時代からずっと種を保って生きているんだよね。人間よりもずっと前から。パイセンだ。
そろそろ花が痛みだすので、痛む前にいろんな素敵な一面をみつけなくては。
ところどころ蜘蛛の巣が残ってるのが、個人的には残念ポイント。
ま、いっか。手を加えた写真にしたくないし。
梅雨でも晴れると暑いね。
あじさい、さまざま。
おや、ぼさぼさのキビタキ登場。ヒナかなぁ。おとこのこだったんだね。
もう一週間もしたらきれいな羽毛にかわっているんだろうな。
ウメモドキにヒヨがいました。きみはヒナだね。おくちのはしっこが、ヒナ。そして羽毛もふわふわ。
梅雨の中休みのひととき。










