思春期に佐藤雅彦さんを知ってたら・・

 昨日の夜中テレビを見ていたら、佐藤雅彦さんの番組の再放送をやっていた。

佐藤雅彦さんはずっと、考え方とか憧れをもっている人だけど、
実際に大学で生徒に教えている、動いている姿を見たの初めてだったわ。
本は何冊か読んだり。今も手元にはこれから読みたい本が1冊ある。

いろいろな、考え方のサンプルがいっぱい出てくる番組で、
そのどれもに感心。
4本木についてが中心だったんだけど、そもそも4本木そのものの概念って知らなかったし・・
そう考えるのか~・・・って。

佐藤さんの考え方にもっと早く出会えていたら、私も理系に進んだかもしれないな、と。
私は数学が苦手な文系だったけれど、数というものをそういうふうにとらえると見方がぜんぜんかわるんだなー、おもしろいんだなーってのが昨日の番組を見ていてわかったし、
でも、わかってはいても、その考え方はどうしてこの映像から産まれるのか?ってところがわかんなかったりで、結局私って数のセンスがないんだなーと軽く落ち込んだりもした。

ほんとうに興味深い番組で、多分ずいぶん前に放送されたものだと思うのだけど、
物静かで、引き込まれました。
最後眠かったけど頑張って、見た。
結局4本木については分かったけど、それを自分がいざ使ってみて、といわれたら、
たぶんできない・・。

なんか、こう、脳みその使い方、って、こうやって使うんだなってのが分かった。
今更分かるなんて切ないものだね・・
先日、全く違う番組で、「今でしょ」の林先生がインタビューで、
「字がきれいな人はやっぱり頭がいいんですか?」と言う質問に対して、
「いや、本当にできる奴はすごく字が汚い。
そもそも『字をきれいに書く』ってことに対しての労力を無駄だと切り捨ててしまっているから、
読めればいい、って思ってるから」だそうで。
「自分の選択肢の中で、やりたいか、やりたくないかで決めるのではなく、
やれそうか、やれそうでないか、という基準で決める」という概念もおっしゃっていた。
私と全く逆じゃん・・・orz と思ったのだよ。私はやりたいかどうかで決めているから。
でもまあ今の仕事は、やりたいかやりたくないかでは決めてないけれど。

きっと、やれそうであればそこに集中力を投入して、それ以外のことはどうでもいいと切り捨てることで、才能が伸びていくんだろうなぁ~。
確かに字は汚くてもいいわけだし。字を書くことで生きていく選択をしていなければね。
まあ、100%それでもいいかといえば、字はきれいなほうが美しくていいのかなと思うけど、
そもそもその「美しいかどうか」ってこと自体がその人の頭には要らないものなのであれば、
それでいいんだろうし。

そうやって生きていくのがやっぱり、大事なことなんだろう。
特に、林先生の言葉で印象に残ったのは、
林先生は、東大の過去問過去30年以上の問題が、何年にこれが出てこういう内容で、というのがすべて頭の中に入っている、というくだりで、
インタビューした人が「すごいですね」と言ったら、林先生は
「仕事としてやるんであればそんなことは当たり前。むしろそれができないほうが失格。
仕事をするのに「私は努力してます」とか言うってこと自体がダメ。当たり前だから。」とおっしゃってた。
私も今自分がそこまで頑張ってやってるかと問われると・・まだまだ改善の余地はいっぱいあるなーって思って、反省。

私は学生時代になかなかいい先生に出会えなかったかもしれない。
今は大学に行くのに予備校や塾に行くのが普通だけど、私の時代は高校の先生だけで勉強をしていたし、とにかく量が多すぎてすごく大変だった記憶があるけど、
1つの問題の関連性(これをやったらこれの応用でこれもこんなふうにとけるよ)みたいなものも全部自分でやるような感じだったから、そりゃ量が多いのも当たり前だよね。
やっぱり高校時代の勉強は、やり方、というのがあるんだと思う。あと、勉強の楽しさとか。
もう少し味わい方が変わっていたら、今の考え方も変わっていたかもしれないな(たらればですが)。

普通の脳みその使い方じゃ、仕事も一歩先を出ることができないだろうし、
それを手探り状態でやってしまう時期もあるし、
本を読んだとしても、へーって思うだけじゃ変わらないし、
変わるスイッチって気づけばあちこちにあるのに見ないふりをしたりして。
自分に対しての甘さ、って、いつになってもなかなか克服するのが難しい。習慣づけさせるぐらいじゃないと。

は~・・・私も、何か、しなくちゃいけないなぁ。
漠然としてる・・・・w

まだ言葉にならないようなこの想いが来年には言葉になって、言葉になった瞬間に実行に移して人生を変えていけるようにしたいなーと思う。



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